資料380 荊人遺弓(『呂氏春秋』巻第一・孟春紀・貴公より)

     
    
 

     
荊 人 遺 弓   『呂氏春秋』巻第一・孟春紀・貴公より         

 

荊人有遺弓者而不肯索曰荊人遺之荊人得之又何索焉孔子聞之曰去其荊而可矣老聃聞之曰去其人而可矣故老聃則至公矣天地大矣生而弗子成而弗有萬物皆被其澤得其利而莫知其所由始



 

〔書き下し文〕
荊人(けいひと)弓を遺(わす)るる者有り。而(しこうし)て肯(あ)へて索(もと)めず。曰(いわ)く、「荊人之(これ)を遺(わす)れて、荊人之を得(う)。又何をか索めん」と。孔子、之を聞いて曰く、「其(そ)の『荊』を去らば可ならん」と。老聃(ろうたん)之を聞いて曰く、「其の『人』を去らば可ならん」と。老聃は則(すなわ)ち至公なり。天地は大なり。生じて子とせず。成して有せず。萬物、皆其の澤(たく)を被(こうむ)り、其の利を得て、而(しか)も其の由(よ)りて始まる所を知る莫(な)し。

 
※ 遺は、「わする」の他に、「うしなふ」・「おとす」などと読む人もいます。

 

 


    
(注) 1. 上記の「荊人遺弓(『呂氏春秋』巻第一・孟春紀・貴公より)」の本文は、 『国立国会図書館
         デジタルコレクション』所収の『国訳漢文大成 経子史部第20巻』(国民文庫刊行会・大正
         13年12月10日発行、大正14年2月22日三版発行)に拠りました。
           同書には、初めに書き下し文が、最後に原文(返り点付き)がまとめて収めてあります。こ
         こでは、原文から返り点を除いて白文として掲載しました。
                         『呂氏春秋』巻第一・孟春紀・貴公の原文 → 308/411
              『呂氏春秋』巻第一・孟春紀・貴公の書き下し文 → 18/411
         2. 参考までに、注を少しつけておきます。
            呂氏春秋(りょししゅんじゅう)=中国、戦国時代末、秦の呂不韋が食客らに作らせた
                 書。26巻。儒家を主とし、道家・墨家の説を交え、諸種の学説を編集。呂覧。
 
                                                    (『広辞苑』第6版による。)
            荊(けい)=古代、中国の九州の一つ。今の湖南・湖北・広西・貴州省のあたりで、昔
                 は、いばらが多い荒地であったことから。のち、おもに楚の国(湖北・湖南)を
                 いう。    
                    (『改訂新版 漢字源』2002年版による。) 
            孔子(こうし)=(呉音はクジ)中国、春秋時代の学者・思想家。儒家の祖。名は丘。
                 字は仲尼
(ちゅうじ)。魯の昌平郷陬邑(すうゆう)(山東省曲阜)に出生。文王・
                 武王・周公らを尊崇し、礼を理想の秩序、仁を理想の道徳とし、孝悌
(こうてい)
                        
と忠恕(ちゅうじょ)とを以て理想を達成する根底とした。魯に仕えたが容れられ
                 ず、諸国を歴遊して治国の道を説くこと十余年、用いられず、時世の非なる
                 を見て教育と著述とに専念。その面目は言行録「論語」に窺われる。後世、
                 文宣王・至聖文宣王と諡
(おくりな)され、また至聖先師と呼ばれる。(前551
                 -前479)
            老聃(ろうたん) → 老子
            老子(ろうし)=(1)中国、春秋戦国時代にいたとされる思想家。道家の祖。史記に
                 よれば、姓は李、名は耳、字は聃
(たん)または伯陽。楚の苦県(こけん)厲郷
                 
(れいきょう)曲仁里(河南省)の人。周の守蔵室(図書室)の書記官。乱世を
                 逃れて関(函谷関または散関に至った時、関守の尹喜
(いんき)が道を求め
                 たので、老子
(2)を説いたという。→太上老君。 (2)(1)の著書。2巻。宇
                 宙の本体を大または道といい、現象界のものは相対的で、道は絶対的で
                 あるとし、清静・恬淡
(てんたん)・無為・自然に帰すれば乱離なしと説く。編
                 纂は孟子以後と考えられ、前漢初には現行本に近いものが成立していた。
                 老子道徳経。
            太上老君(たいじょう・ろうくん)=(老君は老子の敬称)老子を神格化して呼ぶ称。
                 道教の三尊の一つ。「魏書」釈老志などに見える。
 
                                               (以上、『広辞苑』第6版による。)
         3. フリー百科事典『ウィキペディア』に「呂氏春秋」「孔子」「老子」「老子道徳経」の項
         があります。


       
     



 
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