(注) | 1. | 上記の「知魚楽(『荘子』外篇 秋水第十七より)」の本文は、新釈漢文大系8『荘子 下』(遠藤哲夫・市川安司 著、明治書院・昭和42年3月25日初版発行、昭和45年9月15日7版発行)に拠りました。この本文は、秋水第十七の最後の一節です。 | |||
2. |
新釈漢文大系の本文についている訓点は省いて、ここには白文として示しました。新釈漢文大系には、書き下し文や、通釈・語釈、余説などがついています。 ここには、「余説」から一部を引かせていただきます。 恵子が、概念や感覚を異にする荘子と魚、あるいは自分と荘子との間には心理の流通はないので、互いに相手の心を知ることはできないとするのに対して、荘子は、絶対の境地に立てば万物は一体で心理も互いに流通するものであり、自分の心を推すことによって相手の心をも察知できると説くのである。いわば、形式上の論理の末に走っては真の認識のあり得ないことをいうのである。 郭沫若は本章について、恵子の完全否定は詭弁であるが、荘子の「我はこれを知れり、濠上にてなり」というのは、「安(いづくんぞ)」という字をたくみに「どこで」と解釈したにすぎないから、同じく詭弁を弄し逃口上を打ったのであると言う(中国古代の思想家たち)。(同書、487頁) |
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3. |
参考までに、人名や語句の注を少しつけておきます。 〇荘子(そうし)=(曾子との混同を避けてソウジとも)(1)荘周の敬称。(2)「老子」と併称される道家の代表著書。荘周著。現行本は内編7、外篇15、雑編11から成る。内編(逍遥遊・斉物論など)は多くの寓言によって、万物は斉同で生死などの差別を超越することを説く。外篇・雑編は内編の意を敷衍(ふえん)したもの。唐代、南華真経と称。 〇荘周(そうしゅう)=戦国時代の思想家。字は子休。宋国の蒙(河南)の人。孟子と同時代という。漆園の吏となり、恵施と交わる。老子とともに道家の代表者で、老荘と並称。「荘子」はその著とされる。南華真人・南華老仙と称。荘子と敬称。 〇恵子(けいし)=姓は恵、名は施。宋の人。「恵子」は、恵施の敬称。 〇恵施(けいし)=中国、戦国時代の思想家。名家(論理学者)の一人。宋に生まれ、魏の恵王・襄王に仕えた。弁説をもって知られ、荘子と交わる。著「恵子」。(前370頃-前310頃) (以上、『広辞苑』第6版による。) 〇濠梁之上(ごうりょうのほとり)=「濠梁」は、濠水という名前の川に設けたやな。又は、濠水にかけた橋。「上」は、ほとり。(「梁」を橋の意にとった場合に「上」をそのまま「うえ」と読んだり、「濠」を、掘割という意味にとったりする説もあるようです。) 〇鯈魚(ゆうぎょ・ちゅうぎょ)=(1)はや。おいかわ。(2)細長くて小さい魚のこと。 〇固不知子矣(もとよりしをしらず)=「固」は、もとより。「矣」は、文末に付けて、断定や推定の語気を表す言葉。 (以上、『改訂新版漢字源』2002年による。) 〇請循其本(こう、そのもとにしたがわん)=議論の根本にたち戻ってみようではないか。 〇女安知魚楽(なんじ いずくんぞ うおのたのしみをしらん)……=「女」は、なんじ(=汝)。 |
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4. |
湯川秀樹の『創造への飛躍』(昭和46年刊)に、「知魚楽」という随想があります。これは『湯川秀樹著作集』や講談社学術文庫などに入っているようです。 講談社学術文庫『創造への飛躍』の紹介文 量子論と相対論に代表される二十世紀物理学は物質観を変え技術文明を一変させる一方、人類と地球の危機をも招来した。科学と平和とは。人間の創造性の本質とは。そして素粒子論の行方は――。日本人初のノーベル賞受賞者が自らの人生に真摯に向き合った思索の飛跡。小松左京氏との対話に加え、「この地球に生れあわせて」も収録。(解説・川合 光) 私のえらんだのは物理学の研究という道であったが、それは、しだれ柳に飛びつく蛙のように、「創造への飛躍」をしようとする努力のくりかえしでもあった。(中略)人の一生の間には、思いがけないことが何度か起こると、先ほどもいった。そういう思いがけない事態の変化が、自分の研究活動そのものの意味についての深刻な反省を私に要求した。それが、ひいては私の人生観・世界観にも大きな影響を及ぼすことになった。(本書より) → 講談社学術文庫『創造への飛躍』(2010年2月10日発行) |
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5. | 『荘子を学ぶ』というサイトに、「荘子の濠梁問答の解釈」(知魚楽)というページがあって参考になります。 | ||||
6. |
フリー百科事典『ウィキペディア』に「荘子」
「荘子(書物)」の項があります。 |