資料375 寺田寅彦の随筆「春六題」(旧字・旧仮名)

     
    
 


         
春 六 題          寺田寅彦  
         

 


       

 暦の上の季節はいつでも天文學者の計畫した通りに進行して行く。此れは地球から見た時に太陽が天球の何處に來て居るかといふ事を意味するだけの事であるから、太陽系に何か大きな質量の變化が起るか、重力の方則が變らない限り、豫定の通り進行してゆく筈である。
 近頃、アインシュタインの研究によつてニュートンの力學が根柢から打ち壞された、といふやうな話が世界中で持て囃されて居る。此れがかういふ場合にお定まりであるやうに色々に誤解され訛傳されて居る。今にも太陽系の平衡が破れでもするやうに、又林檎が地面から天上に向つて落下する事にでもなるやうに考へる人もありさうである。そしてそれが近代人の傳統破壞を喜ぶ一種の心理に適合する爲に、見當違ひに痛快がられて居るやうである。しかし相對原理が一般化されて重力に關する學者の考が一變しても、林檎は矢張り下へ落ち、彼岸の中日には太陽が春分點に來る。此れだけは確實である。力やエネルギーの概念がどうなつた處で、建築や土木工事の設計書に變更を要するやうな心配はない。
 アインシュタイン及ミンコフスキーの理論の優れた點と貴重な所以はそんな安直な事ではないらしい。時と空間に關する吾人の狹い囚はれた胡魔化しの考を改造し、過去未來を通ずる大千世界の萬象を四元の座標軸の内に整然と排列し刻み込んだ事でなければならない。夢幻的な間に合せの假象を放逐して永遠な實在の中核を把握したと思はれる事でなければならない。複雜な因果の網目を枠に張つて掌上に指摘し得るものとした事でなければならない。
 この新しい理論を完全に理解する事はさう容易な事ではないだらう。アインシュタインが自分の今度書くものを理解する人は世界中に一ダースとはあるまいと云つたさうである。此の言葉が又例によつて見當違ひに誤解されて、坊間に持てはやされてゐる。そして彼の理論の上に輝く何かしら神祕的の光環のやうなものを想像して居る人もあるらしい。
 特別な數學的素養のない人でも、此の理論の根柢に横はる認識論上の立場の優越を認める事はさう困難とは思はれない。却つて寧ろ惡く頭のかたまつた吾々専門學者の方が始末が惡いかも知れない。此の場合でも心の貧しき者は幸である。
 一般化された相對論は兎に角として、等速運動に關する所謂特別論などは餘りに分りきつた事である爲に分りにくいと云はれ得るかも知れない。それはガリレー以來、力學が始まつてこの方誰れも考へつかなかつた程分り切つた事であつたのである。此處でアインシュタインが出て來てコロンバスの卵の殻をつぶしてデスクの上に立てた。
 誰れにでも分るものでなければそれは科學ではないだらう。

       

 暦の上の春と、氣候の春とは或意味では沒交渉である。編暦を司る人々は、例へば東京に於ける三月の平均温度が攝氏何度であるかを知らなくても職務上少しも差支はない。北半球の春は南半球の秋である事だけを考へてもそれは分るだらう。
 春といふ言葉が正當な意味をもつのは、地球上でも温帶の一部に限られて居る。此れも誰れも知つては居るが、リアライズして居ない事實である。
 併し例へば東京なら東京といふ定まつた土地では、一年中の氣候の變化には自らきまつた平均の徑路がある。其れが週期的乃至非週期的の異同の波によつて歳々の不同を示す。
 此の平均温度と云ふものが往々誤解されるものである。どうかすると其月にその温度の日が最も多いといふ意見に思ひちがへられるのである。しかし實際は月の内で其月の平均温度を示して居た時間は極めて稀である。
 それと事柄は別だが、所謂輿論とか衆議の結果といふやうなものが實際に多數の意見を代表するかどうか疑はしい場合が甚だ多いやうに思ふ。それから、又志士や學者が云つて居るやうな「民衆」といふやうな人間は搜して見ると存外容易に見付からない。餓に泣いて居る筈の細民がどうかすると初鰹魚を食つて太平樂を並べて居たり、縁日で盆栽をひやかして居る。
 此れも別の事であるが流行或は最新流行といふ衣裳や粧飾品は寧ろ極めて少數の人しか着けて居ない事を意味する。此れも考へて見ると妙な事である。新しい思想や學説でも、それが多少廣く世間に行き渡る頃にはもう「流行」はしない事になる。

       

 春が來ると自然の生物界が急に賑かになる。いろいろの花が咲いたり色々の蟲の卵が孵化する。氣候學者はかういふ現象の起つた時日を歳々に記録して居る。そのやうな記録は農業其他に參考になる。
 例へば或る庭の或る櫻の開花する日を調べて見ると、勿論特別な歳もあるが大概は或る四五日位の範圍内にあるのが通例である。此れは何でもないやうで隨分不思議な事である。開花當時の氣温を調べて見ても必しも一定して居ない。無論その間際の數日の氣温の高低は可也の影響をもつには相違ないが、それにしても此の現象を決定する因子は其の瞬間の氣象要素のみではなくて、遠く遡れば永い冬の間から初春へかけて、一見活動の中止して居るやうに見える植物の内部に行はれて居た變化の積算したものが發現するものと考へられる。
 そこへ行くと人間などはだらしのないものである。仕事が忙しかつたり、つい病氣したりして居ると、いつの間にか柳が芽を吹いたり、櫻の莟の膨らむのを知らないで居て、急に氣が付いて驚く事がある。
 うつかりして居る間に學年試驗が眼の前に來て居たり、借金の返濟期限が差し迫つて居たりする。
 眠つて居るやうな植物の細胞の内部に、ひそかに併し確實に進行して居る春の準備を考へると何だか恐ろしいやうな氣もする。

       

 植物が生物である事は誰れでも知つて居る。しかしそれが「いきもの」である事は通例誰れでも忘れて居る。
 或日私は活動寫眞で、菊の生長の狀況を見せられた事がある。先づ映畫に現はれたのは一つの小さな植木鉢であつた。其の眞中の土が妙に動くと思つて居ると、すうと雙葉が出て來た。それが見る間に大きくなり、其の中心から新しい芽が泉の湧くやうにわき上り延び上つた。延びるに隨つて莖の周圍に簇生した葉は上下左右に奇妙な運動をして居る。それは恰も自意識のある動物が、吾々には不可知な或る感情を表はす爲に藻搔いて居るやうにも思はれ、或は又充實した生命の歡喜に躍つて居るやうにも思はれた。やがて莖の頂上にむくむくと一つの團塊が盛り上つたと思ふと瞬く間に其頭がばらばらに破れて數十の花瓣が花火のやうに放散した。そして絶大な努力を仕遂げて喘いでゞも居るやうに波打つて居た。そこで惜しい處で映畫はふつと消滅してしまつた。
 私は何だか恐ろしいものを見たやうな氣がした。つまらない草花がみんな「いきもの」だといふ事をこれ程明白に見せつけられたのは初めてゞあつた。
 日常見馴れた現象を唯時間の尺度を變へて見せられただけの事である。時の長短といふ事は勿論相對的な意味しかない。蜉蝣の生涯も永劫であり國民の歴史も刹那の現象であるとすれば、どうして私は此の活動映畫からこんなに強い衝動を感じたのだらう。
 吾々がもつて居る生理的の「時」の尺度は、其實は物の變化の「速度」の尺度である。萬象が停止すれば時の經過は無意味である。「時」が問題になる處には其處に變化が問題になる四元世界の一つの軸としてのみ時間は存在する。
 處が此の生理的の速度計は極めて感じの惡いものである。或度以下の速度で行はれる變化は變化として認める事が出來ない。此れは又吾人が箇々の印象を把持する記憶の能力の薄弱な爲とも云はれよう。
 忘却といふ事がなかつたら記憶といふ事は成立たないと心理學者は云ふ。忘却といふものがなかつたら生きて居られないと詩人は叫ぶ。
 もし記憶の衰退率がどうにかなつて、時の尺度が狂つた爲に植物の生長や運動が私の見た活動寫眞のやうに見え出したらどうであらう。春先きの植物界はどんなに恐ろしく物狂はしいものであらう。考へただけでも氣が違ひさうである。「靑い鳥」の森の場面位の事ではあるまい。

       

 近年急に年を取つたせゐか毎年春の來るのが待遠しくなつた。何よりも氣温の高くなるのが、有難いのである。併し一體には年中の時候のうちでは春は餘り自分の性に合はない方である。何故かと云へば第一胃が惡くなる、頭が重くなる。かういふ點で同樣な人は隨分多いらしい。それよりも一番厭な事は春が來ると此の自分が「惡人」になるからである。
 冬の間は身體中の乏しい血液が身體の内部の方へ集合して居るやうな氣がする。それで手足の指等は自分のからだの一部とは思はれないやうに冷え凍えてこちこちして居る代りに頭の中などは好い加減に温いものが好い程度に充實して居るやうな氣がして居る。處が櫻が咲く時分になると此の血液が身體の外郭と末梢の方へ出拂つてしまつて、急に頭の中が萎縮してしまふやうな氣がする。實際腦の灰白質を養ふ血管の中の壓力がどれだけ減るのか或は増すのか分らないが、兎も角もそんな氣がする。さうして何となく空虚と倦怠を感じると同時に妙な精神の不安が頭を擡げて來る。何だか仕なくてはならない要件を打捨てゝでもあるやうな心持が始終に附き纏つて居る。それが少しひどくなつて來ると、自分が何かしらもつと積極的な惡事を犯して居て、今にも其の應報を受けるべき時節が到來しさうな心持になる。此れがもう一歩進むと立派な精神病になるのだが幸に其處迄にはならない。さうしてかういふ時は一寸風呂にでもはひつて來ると全く生れ變つたやうに常態に復する。
 此のやうな變化がどうして起るかは分らないが、一番直接な原因は矢張り血液の循環の模樣が變つた爲に腦の物質にどうにか反應する點にあると素人考へに考へて居る。そのどうにかゞ一番の問題である。
 物質と生命の間に橋のかゝるのは未だ何時の事か分らない。生物學者や遺傳學者は生命を切り碎いて細胞の中へ追ひ込んだ。そして更に其の中に踏み込んで染色體の内部に親と子の生命の連鎖をつかまうとして骨を折つて居る。物理學者や化學者は物質を磨り碎いて原子の内部に運轉する電子の系統を探つて居る。さうして同一物質の原子の中にある或る「箇性」の胚子を認めんとして居るものもある。化學的の分析と合成は次第に精微を極めて驚くべき複雜な分子や膠質粒が試驗管の中で自由にされて居る。最も複雜な分子と細胞内の微粒との距離は甚だ近さうに見える。併し其の距離は全く吾人現在の知識で想像し得られないものである。山の兩側から掘つて行く隧道が段々互に近づいて最後の鶴嘴の一撃でぽこりと相通ずるやうな日が何時來るか全く見當がつかない。或はさういふ日は來ないかも知れない。併し科學者の多くはそれを目あてに不休の努力を續けて居る。若しそれが成效して生命の物理的説明が付いたらどうであらう。
 科學といふものを知らずに毛嫌ひする人はさういふ日を呪ふかも知れない。併し生命の不思議が本當に味はれるのは其日からであらう。生命の物理的説明とは生命を抹殺する事ではなくて、逆に「物質の中に瀰漫する生命」を發見する事でなければならない。
 物質と生命を唯そのまゝに祭壇の上に並べ飾つて讃美するのもいゝかも知れない。それは丁度人生の表層に浮上つた現象を其儘に遠くから眺めて甘く美しいロマンスに醉はうとするやうなものである。
 此れから先の多くの人間がそれに滿足が出來るものであらうか。
 私は生命の物質的説明といふ事から本當の宗敎も本當の藝術も生れて來なければならないやうな氣がする。本當の神祕を見付けるにはあらゆる贋物を破棄しなくてはならないといふ氣がする。

       

 日本の春は太平洋から來る。
 或日二階の縁側に立つて南から西の空に浮ぶ雲を眺めて居た。上層の風は西から東へ流れて居るらしく、其れが地形の影響を受けて上方に吹きあがる處には雲が出來て其處に固定しへばり付いて居るらしかつた。磁石とコムパスで此等の雲の大凡の方角と高度を測つて、そして雲の高さを假定して算出したその位置を地圖の上に當つて見ると、西は甲武信嶽から富士箱根や伊豆の連山の上にかゝつた雲を一つ一つ指摘する事が出來た。箱根の峠を越した後再び丹澤山大山の影響で吹上がる風は鼠色の厚味のある雲を釀してそれが旗のやうに斜に靡いて居た。南の方には相模半島から房總半島の山々の影響もそれと認められる樣に思つた。
 高層の風が空中に描き出した關東の地形圖を裏から見上げるのは不思議な見物であつた。其の雲の國に徂徠する天人の生活を夢想しながら、なほ遙かな南の地平線を眺めた時に私の眼は豫想しなかつた或物にぶつかつた。
 それは遙かな遙かな太平洋の上に蔽つて居る積雲の堤であつた。典型的なもくもくと盛り上つた圓い頭を並べて隙間もなく並び立つて居た。都會の上に擴がる濁つた空氣を透して見るのでそれが妙な赤茶けた温い色をして居た。それはもうどうしても冬の雲ではなくて、春から夏の空を飾るべきものであつた。
 庭の日かげは未だ霜柱に閉ぢられて、隣の栗の樹の梢には灰色の寒い風が搖れて居るのに南の沖の彼方からはもう桃色の春の雲がこつそり頭を出してのぞいて居るのであつた。
 こんな事を始めて氣付いて驚いて居る私の鼻の先に突き出た楓の小枝の一つ一つの尖端には、ルビーやガーネットのやうに輝く新芽がもう大分芽らしい形をしてふくらんで居た。

                         (大正十年四月、新文學)           


 

        

    
(注) 1. 上記の寺田寅彦の随筆「春六題」(旧字・旧仮名)の本文は、岩波文庫『寺田寅彦隨筆集』
         第一巻(小宮豊隆編、岩波書店、昭和22年2月5日第1刷発行・昭和33年9月10日第23刷
         発行)に拠りました。
         2. 平仮名の「く」を縦に伸ばしたような形の繰り返し符号は、元の文字を繰り返して表記してあ
         ります(「むくむく」「ばらばら」「こちこち」「一つ一つ」「遙かな遙かな」「もくもく」)。
         3. 寺田寅彦(てらだ・とらひこ)=物理学者・随筆家。東京生れ。高知県人。東大教授。地球物
                    理学を専攻。夏目漱石の門下、筆名は吉村冬彦。随筆・俳句に巧みで、藪
                    柑子と号した。著「冬彦集」「藪柑子集」など。(1878~1935)
                                                  
 (『広辞苑』第6版による。)
         4. フリー百科事典『ウィキペディア』に「寺田寅彦」の項があります。
         5. 新字・新仮名によって読みやすく書き改められた「春六題」の本文を、青空文庫で読むこと
         ができます。底本は、改版された岩波文庫『寺田寅彦随筆集』第一巻(昭和38
(1963)年10
         月16日第28刷改版、平成9
(1997)年12月15日第81刷)だそうです。
                 新字・新仮名による「春六題」(青空文庫)
         6. 寅彦が4歳から19歳までを過ごした旧宅を復元した「寺田寅彦記念館」が高知市に
         あります。
         7. 電子図書館『図書館。in』で、寺田寅彦の一部の作品を、縦書きで読むことができます。
     



 
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