資料374 本居宣長「おもひぐさ」

  


        
 お も ひ く さ    
 
    
         

 

乎波那賀毛登廼波之布美

 

 

 

 

 

(アヤシ)久毛(クモ)座神(イマスカミ)可母(カモ)(クスシ)久毛(クモ)座神(イマスカミ)可母(カモ)、真草生野椎神(マクサオフルヌツチカミ)(ノ)御魂幸(ミタマサチ)波比爾(ハヒニ)(サチ)波比(ハヒ)(タマ)比天(ヒテ)、山(ヤマ)(ノ)曾岐野(ソギヌ)(ノ)衣寸(ソギ)未伝(マデ)千種八千種(チクサヤチクサ)(ノ)種々産生給(クサクサアレマシタマ)閉流(ヘル)麻爾麻爾(マニマニ)、重訳遠異国在(ヲサカサヌトヲコトクニナル)〔頭註〕重訳遠異国(ヲサカサヌルトホツコトクニ)とあるべき所也。こゝをヲサカサヌ遠コト国といはゞ上の真草生ル野椎神をも真草オフ野椎神とこそいふべけれ。」 竒草(クシキクサ)左閉(サヘ)朝風(アサカゼ)(ニ)千重浪立(チヘナミタチ)夕風(ユフカゼ)(ニ)五百重浪立(イホヘナミタツ)奥浪辺浪志努岐(オクツナミヘツナミシヌギ)(テ)皇国(オホミクニ)爾叙(ニゾ)参来(マヰク)(ル)。其中(ソガナカ)(ニ)煙草(タバコ)(チフ)(クサ)(ノ)瑞葉(ミヅハ)弥栄(イヤサカバエ)(ニ)(サカハエ)(テ)、此草(コノクサ)(ノ)不生出土不入立地(オヒイデザルクニイリタヽザルクニ)(ノ)(アラ)邪流(ザル)。金糸烟(タバコノケフリ)那母(ナモ)烏玉(ヌバタマ)(ノ)間開(ヒマシラ)米流(メル)(ユ)(モ)久賢(ヒサカタ)(ノ)(ヨ)(ノ)深更(フケユク)加岐理(カギリ)立不立家(タチタヽザルイヘ)可毛(カモ)(ナ)加流倍伎(カルベキ)。薰風(カヲルカゼ)波母(ハモ)山彦(ヤマビコ)(ノ)将応極谷潜(コタヘムキハミタニクヽ)(ノ)狹渡極(サワタルキハミ)(フツ)(ニ)充満(ミチミテ)(リ)。於是(コヽニ)伊勢人(イセヒト)本居宣長(モトヲリノリナガ)思草思(オモヒクサオモ)(ヒ)(ワス)礼受伝(レズデ)、乎波那賀毛登(ヲバナガモト)(ノ)一種(ヒトクサ)(ヲ)植添(ウヱソヘ)弖祁理(テケリ)。其言葉(ソノコトノハ)(ノ)(ニホ)(ヒ)弥益(イヤマス)(ニ)(カヲ)礼々波(レレバ)、是(コ)遠之毛(ヲシモ)相思草(アヒオモヒクサ)(タレ)之母(シモ)相思(アヒオモハ)邪留倍伎(ザルベキ)。雖然(シカレドモ)此草(コノクサ)植添(ウヱソヘ)(シ)(ユ)(モ)(トシ)(ハ)二十余年(ハタトセマリ)(ヲ)(ヘ)爾多礼波(ニタレバ)、旧之詞草(モトノコトノハクサ)(ノ)(タネ)奈良邪流(ナラザル)(シコ)(ノ)異草(コトクサ)生添(オヒソヒ)(テ)(トミ)(ニ)見別(ミワキ)賀弖那理(ガテナリ)。己(オノレ)旧草(モトツクサ)(ノ)荒玉(アラタマ)(ノ)(ツキ)(ニ)(ヒ)(ニ)枯往(カレユキ)努倍幾乎(ヌベキヲ)、憂(ウレ)波之美弖(ハシミテ)、朱引旦(アカラヒクアシタ)(ニ)(クサキリ)夕星(ユフツヽ)(ノ)(ユフベ)(ニ)(ツチカヒ)(テ)(シゲ)(ク)(シゲ)気支(ケキ)異草(コトクサ)(ノ)化草(アダシクサ)搔払(カキハラ)比多礼婆(ヒタレバ)、清々(スガスガ)之久曾那礼理祁流(シクゾナレリケル)。山下風(ヤマノアラシ)(ノ)甚寒(イタクサム)気久(ケク)、鍾礼雨(シグレノアメ)(ノ)弥敷(イヤシクシク)(ニ)(フレル)止母(トモ)、許登(コト)(ノ)葉末之乱相(ハスヱノミダレアフ)倍伎可母(ベキカモ)。故(カレ)撃壌(ツチクレヲウチ)(テ)(ウタ)比気良久(ヒケラク)、人皆之執(ヒトミナノトリ)(テ)偲婆世思草(シヌバセオモヒクサ)露珠貫言葉叙許礼(ツユノタマヌクコトノハゾコレ)

                        石 出 大 春   

 

 

                                                            

 

 

 

 

 




          
おもひぐさ      
                    
本 居 宣 長 著
 

 

思ひ草は、秋の野の尾花がもとに生ふとかや。またはこのけぶりも、其名にたぐふ心ちして、室のやしまもとほからず、とことはにこがれつゝ、人の口のはにのみぞかゝる。さるは、いひけたれても、なほふかくおもひいれて、もゆるけしきは、いぶきの山のさしも草にもことならず。かくのみたえず、なげきせる。はてはいぶせくきたなげになりてすてらるゝよ。いとかくあだなる物とは思へど、とあるごとには、なほ世にしらずをかしき物にこそあなれ。かゝるも、むげにちかき世の事ぞかし。むかしはをさをさ名をだにしらざりし物の、やむごとなきあたりまで、もてはやさるゝもいかなるわざにか。人の国にも、いにしへは、かゝる物ありとも聞えず。此頃渡りまうでくる書どもにこそ、こゝにもつゆたがはでもてあそぶよしみえたれ。はるかなるせかいより、此国にめづらしき物ども、あまたわたしもてくる人を、まれまれ見るにはなほまさりて、あながちにこのめるさまなり。
鶯の谷より出でし初こゑより、世もおしなべて春めきつゝ、やうやう、風なつかしう吹きわたして、おほかたの花の木どもゝけしきばみ、梅は今をさかりにて、にほひにかすむ大空のゝどけさに、そこはかとなくあくがれいづる、春のひかりにかしらの雪もきえ果てぬべく、おいたるも若きも、おのがじゝきよらをつくし、とがむばかりの香にしみたる、くれなゐの袖ふりはへて、行きかふ人をまちまうけたる、かりのゆかなどにしばしやすらひつゝ、まづ火もてこといひたるに、きよげなる女のあはあはしげにもていでゝ、なめげにさしおきたる、さるがふことなどいひあざれたる、いとをかし。
有明の頃、ものへまかるとて、夜をこめて立ち出づる。空は月影くまなきに、やうやう、東の山ぎはあかりてしらみゆくほど、なほ行くすゑは霧わたりて、はるかなる野べに、をりをりにうちてたく火のけぶりあらばと、貫之のぬしのいひけむことのはなんど思ひ出でられて、ゆくゆく燧りいでつゝ、とぶ火のひかりを、野守がいほにはあやしと出でゝやみるらむ。かくてまだ、思ふさまならぬに、火のきえぬるはをしきものなり。
ふみ分けてこし跡だになき庭の萩原、ことゝふものは風のみにて、いとゞ身にしみつゝ、色みえぬ心は、木の葉と共にうつろひゆく秋の夕暮、いまさらまつとはなき物から、うちしをれたる浅茅が末の露のそこより、心ぼそう鳴きいでたるまつ虫も、誰をかと思へば、人わろくなみだのこぼるゝもつゝましくて、まぎるゝかたもやと、手ずさみのやうに、手つきいとなよらかにて打ちみじろくさまもらうたしや。風にふかれてよこさまにたちのぼる烟の行くへも、つくづくとうち詠められて、あはれつらきかたにも、吹きつたへてしがな。さらば、人しれぬ我おもひも、空にしるくや見ゆらんと思ふも、中々の心のもしほならん。
ふつゝかにふとり過ぎたるげすをのこの、かほにくさげなるが、くつろかにうちあふぎ、ひげかいなでてくはへゐたるは、引きはなちてもすてまほし。
かりそめに物したるまらうどにも、すべてとりあへず、まづいだすものなるを、すかぬはやうなしとてかへしたる、はえなき物なり。
心地れいならずなやみゐて、はかなきくだ物などをさへ、いとものうくしたる折にも、いさゝかおこたりざまなるには、まづおもひ出づるぞかし。つねにすける人の、きよくとほざけて日数ふるは、とぶらひきたる人などにも、しかじかなんさぶらふなどもいふかし。
水無月廿余日のひるつかた、扇の風もよにぬるく覚え、夕風まちつくる程もたへがたくて、のきちかううたゝねしたるに、ふと目さめぬればかたしけるかたの、あせにしめらひて、いとゞ物むづかしく、あつさ所せきを、めするする引きよせて、火たづぬるもあながちなりや。今ぞすこし、庭の梢もうちそよぐほどなる。
あまりしたしくもあらぬ人のもとにて、物がたりし、例のいだしおきたる、とかくして時うつり、火もしろきはひがちになりたるをたづぬるに、はやくきえぬる、たゞにさしおくがくちをしければ、あるじや心づくと、しばしかきさぐりゐるを、とく見て人よびたるはよし。心やすきわたりにては、いかにもせむを。あらあらしう吹きしをりし嵐も、なごりなくのどまりて、せんざいのこずゑもいとゞさびしく、木の本にくちのこる落葉も、あさ霜ながらの氷にうづもれ、空さへ雪げにうちくもりぬる夕ぐれ、やゝちりくる花にぞ、春のとなりのちかければと、すこしさうざうしさもなぐさみて、ながめいだせるに、ねぐらにかへるゆふがらすの、三つ四つ二つなきわたるも、いとさむげに見ゆ。かくしつゝ、はやくれ竹の葉ずゑなんどより、やうやうしろくなり行くほど、さすがに、まだ物のけじめも見えわきて、やり水のほそうに残りたるなんどもをかし。内外人のけはひもいたうしづまり、つれづれなるよひの程、庭に跡をもいかゞはといひあへむ。そも何ばかりの心ざしにてかは、かゝる雪も、よに物する人のあらんとうむじゐたるをりしも、かどのかたに入りくる人のけはひぞする。袖うちはらふほども、心もとなくて、はしちかうたち出でつゝ見れば、あけくれ二なうむつびかはす人の声にて、いかゞ物し給ふ。こよひの雪をひとりもてあそばむ事の、かたはなるこゝちし侍りてなんなどいひたる、うれしくて、いでやこゝにも、心ばかりはかき分けて思ひやり侍りしかど、ならはぬ夜ありきは、ものうくてなんなどいらへつゝ、おくのかたにいりて、いとおほきなる火おけに、すみこちごちしうおこし、つとよりゐて、なにくれとむかしいまの物語しつゝ、よひ過ぐる程、いとすごくしめじめと心ぼそくて、雪をれの音のみ、しばしばきこゆるに、ふりつもる程もしられて、こよなうさむけしや。あかずむかひゐたらむ程、れいのけぶりは今さらにいひたてずとも、空にしるべし。夜やうやうふけゆけば、かへるよしゝて、心なき長ゐのうらを、下部などや、海士のすむ里のしるべとおもひ侍らん、ねむたうぞおはすらんなんどいひつゝたつ。なにかは千夜を一よにとも思ひ侍れど、御心とまるべきくさはひにも侍らねば、しひて今暫しともいかゞは聞えさせむ。ふりはへてとはせ給ふみ心ざしはさる物にて、雪こそふかく侍るめれ。みちの程もおぼつかなし。あかりの御まうけやさぶらふ、まゐらせてむやなどきこえつゝ、ずんざよばすれば、ねぶりゐたるが、かほふくらし、あくびうちしてはしりくるもをかし。立ちいづるほど、おくより、御たばこいれなんのこりて侍りしとて、わらはべのもていでたる、こはわすれにけりとて、ふところにさしいれていぬめり。
さかづきいだしてのみかはすをりなんどは、ろんなうけおされにたるやうなれど、めぐりくるもまどほきひまには、なほしも、はた、えあらぬぞかし。下戸はさらなりや。
かのわすれおきていなむとしたりし物よ。をりをりの心ばへ、時につけつゝしいづるたくみ、年々月々にめづらしう見えしらがへば、いたりすくなきわか人なんどは、いとこのましうしつゝ、ふりぬさきにと、いそぎもとめて、ほこらしげにもていありくを、人もはやうもたりけるこそくちをしけれ。大かたかやうの事、人にあらそひうけばりたるこそ、いとをさなきわざならめ。めでたしとこひて見るだに、したりがほしたるはにくし。またあまりきすぐにて、いつもふるめかしきかたをのみまもりゐたるも、折にふれ所によりては、さはいへど、はえなきわざなり。只なにとなくおいらかになつかしうきよげなるを、あるにまかせてもたまほし。さりとて、ひたぶるにえんだちなまめきたるも、女なんどこそさもあらめど、いとをこがましく見ゆるぞかし。かうやうのすきずきしさも、わかき程はつみゆるしつべし。さだすぎたる人の、ようせずばうまごもいだきつべきころほひなるが、いまめきはなやぐこそ、あひなき物なれ。
いふかひなく、年まかりより侍りては、何事につけても、おのづから人に心をおかれ、さるからにうちいでむとおぼしき事もつゝましく、又おのづからひがひがしき心も、いでまうでくるわざに侍れば、おのづから所せきものになりゆき、うたてのおきなやと、うちあはめられ、まじらひふればふ人もありがたき世にこそ、なんどかたりつゝ、きせるかきのごひ、みがきなんどしつゝのみゐるは、わかゝりしより、たがひに心かはらぬ友ならんと、見つゝ心苦しく聞きゐるわかうどさへ、えあらず。ましてひとりつれづれにあかしくらすらんおい人の、身をさらぬ友としたるはことわりにこそと、もろこし人の名づけゝむも、げにさることぞかし。
世ばなれ物すごきみ山のおくにも、すめば年月をかさねてすむ物の、花もみぢうつればかはる折ふしのさびしさを、いかゞはせむ。秋のゆふべ霧にしをるゝ槇の下露をながめ、夜ふかく松のみのほろほろと落つるを、ねられぬみゝにきゝゐたらんほどなんどのつれづれは、金炉烟靄のすこしきなるにのみぞなぐさめてまし。何となくはかなげにおよびにすゑて、めぐらしゐたるも、さびしげに見ゆ。あはれ、源氏の君の、須磨の御うつろひのほど、御つれづれなりし世にも、かゝる物ありてましかばと覚ゆ。
はなやかに、今やううたひ、いとなつかしうひきすましたる物のねに、きゝゐる人も、おのづから時々声うちそへ、かたはしつゞしりうたひつゝ興じたる、きゝしらぬあたりも、きせるしてしどけなくひやうしとりゐたる。さうざうしからぬわざなりや。
ふたよ三夜よがれし床のうらみもちりも、まだつもれるとはなけれど、大ぬさのひくてやよそになんど、かこちつゞくる言のはをあはれと聞きつゝ、つひのよるせをかたらひなぐさめなんどしつゝ、かたみにぬらす袖のうらにも、たくものけぶりはたつとなむ。枕より外にもらさぬむつ物がたりもきゝあかすらん。鐘の音も暁ちかくつげわたせど、つきぬちぎりは、なほ有明のつれなき空に止めおきて立ち別れむとする程、妻戸おしあけつゝ眺めいだして、頓にもいでやらず、あしたの霜のと打ちずんじ、衣うちはおり、ひもさしなんどする程、女もなほあかぬさまにて、海士のもしほ火またゝきそめ、およびしてけしきばかりかいのごひ、こゝろありげにさしよせたる、にくからでとりつゝ吹きいづるけぶりに、入りかたの月かげさとくもりたるは、いひしらず哀にえんなる明けがたのけしきなりとかや。又人めをつゝみ色にもいでゞ、わりなき恋をするがなるふじの煙のくゆりわび、空にきえなむ思のほどをも、かゝるたよりに人づてならで、さながらほのめかし出づるわざもありとかや。
女はおほかた、すかざらんがまさりてぞ見ゆる。なよびよしめくかたにはたよりともなりぬべけれど、さるからいとゞおもにくきかたも添ふかし。されど、今はおしなべての事になりぬれば、もちひざるは中々さうざうし。
二つ三つばかりなるちごの見ならひて、ちひさき手さしのべまさぐりつゝ、口にさしいれたる。あやふしとてとらんとするを、むつがりすまひたるいとうつくし。
鼻よりふとけぶりのたちいでたるを、炭がまのやうに覚えつといひし、さは其人のかほや、雪のやうにありけむといとゆかし。
輪にせむとて、人の吹きいでたる烟のをかしくまどかにて、いくつもつらなりあがるを見て、我もなじかはあやまたむ。いとようしてん。見給へなんどあらがひつゝ、吹き出だしたるに、あやしうみだれぬる、心うがりて、此たびはいかでと、いたう口つぎつくろひ、心したるが、又吹きそこなひたる、いとむとくなり。これをやけぶりくらべといふべからん。わがけぶりに人のむせびて、かほあかめ、しはぶきしきりにしたる、いと心ぐるし。
すてたるになほ立ちのぼる烟は、みな人のいとふわざなり。やにといふ物の口にいりきて、ひたひにしわよせたるもをかし。ゑひてかしらいたくしたる。又をかし。
思ふどち二人三人類して北野へまうでけるに、いつも人多くまゐりたる、まして廿五日なんどは、おまへわたりところせく立ちこみて、ちかづくべくもあらぬに、からうじて御はしをのぼり、かうらんのほとり、かたはらよりをがみ奉る。こゝらの人、おのがさまざま何事をいのるらむ。いと久しくふしをがみぬかづきゐるも有り。かればみたる声して、なにがしそくさいのためなんどけいするもほの聞ゆ。ことごとしきかしは手のひゞきには、あら人がみのかしこき御耳をもおどろかし奉るらんと、いとたのもし。手さしのべ、十二銅の心ざしとて奉りたる敬白のかた、うちならすもいとなく聞ゆ。おくのかたを見いれたれば、御札巻数なんど宮僧ばらのとりいでゝさづくる、いたゞきてまかんづるもあり。すこしこなたざまには、打ちさうぞきてはらひもなにもしのびやかによみゐたる、法師はだらになんどゆるらかにねんずるもたふとし。みあらかのうしろのかたより、いそがはしげにめぐりきて、みはしのもとにて、かたばかりをがみつゝ、又はしりゆくは、もゝたびまうでとかや。さるは、手に数さしゆくも中に見ゆ。南の御門をいでゝあそここゝ物みありき、下ざまへゆくに、寺なんどもおほくならびたてるまへを過ぐるに、かたはらより、痩せさらぼひていみじきさましたるかたゐのつとよりきて、あが君あが君たばこすこしといひたるぞいとこちたき。いひをだに思ふさまにはくはざんめるものゝ、これをしかあながちにこふ事ぞよにあやしき。かへりもみでゆくに、なほけしきとりつゝかゝづらひくるを、うしろより、ずんざの制する聞きもいれず。すこしえさせたるに、二なうよろこぼひていぬるぞ、いとあはれなるや。
月のまへ花のもとはさらにもいはず。すべて折々の興あるふぜい、めづらしき浦山のけしき、えならぬなんどを見るにも、思ひいでゝとりあへず、をりからのをかしさをもそふる物にこそ。
あやしの山がつどものつま木負ひたるが、あまたかいつらねて家路をいそぐ、そばつたひかたなりなるわらはべなんども、程につけつゝになひつゞけたるぞをかしき。すこしたひらなる所にて、木どもしばし枝にあづけおき、まろがれあひて打ちやすみたる、てけのことなんどいひつゝ、例のけぶりはおのがじゝたつめれど、かうやうのものゝは、にほひなんども中々うるさければかゝず。たかきいやしきほどほどにつけつゝ、もちふるきざみきざみ有りて、国々ところどころになだゝるたぐひおほく、おのづからその品かはり、はた匂よりはじめて色ことに、あぢはひおなじ物ならず。よきはよく、あしきはあしくて、いとようけぢめ分るゝものなり。
旅人の行きかふ道なんどには、所々にきざみたばこなんどゝ、いと大きにあしでのかきそこなはれたるやうに、しやうじなんどにかき、あるは物のゑやうなんどをかしげに、あやしうかきなしたるを見つゝ行くは、めさむる心ちす。
春の末つかた、野べに打ちいでゝ田のもを見しかば、しづの男がたがへしやすみて、道のべにしりさしすゑ、こしよりきせるとうで、あつごえたるたばこいれよりひねりいだし、こちごちしうおしつぎてくゝみつゝ、かしらかたぶけて火うちひらめかし、口つきおかしげにのみゐたる、はては火けたじとて、手のうちにたゝきあけて、あつければまろばしながら、又かいつぎたるこそいそがはしく見えしか。また木の道のたくみ、さらぬよろづのなりはひにも、身をつとめこうじにたる。しばしやすむとては、かの一服をしたまちつゝ、こゝもとしはてなんどたのしみはげむめり。大かた朝夕のさへ、たえだえなる屋にもなほ、此けぶりはたつるぞかし。
いづくにもあれ、出でたるにわすれてもこざりしくちをしさよ。又粉のやうになりたるにも、すべて人にもとむればひげしつゝ、あたへたる、きせるかりなんど、すべてなめげなること、人に物こふことなんどは、大かたつゝましくてせぬわざなるを、是のみ何ともおもはず、ならひになりぬるもいかなるにか。きえぬる、すてむとてさしよせたるに、人も同じさまにして、ほうとつきあひたる、かたみにゆづりあひてまちたる。かしこまりある所なんどにては、まづともいふかし。火つくるをりなんどは、さてまつ程も久しく覚ゆ。
人につかはるゝわらはの、まだゆるされぬ程、わりなくこのみて、使の道なんどしる人のがりかくろへつゝ、立ちよりては、こよなうおそかりきと、いちはやくいはるゝ物から、とみの事いひにやりたる折なんども、なほこりずまのあまのもしほ火、けぶりのたえまをうらさびしとぞおもひたんめる。
露ばかりのすひがらより火いできて、おほくの屋どもやけうするためしもあんなれば、ふかく此の火の事せいするもことわりぞかし。それはさることにて、つねに衣なんどやきたゞらし、あるはたゝみに落してしらざるを、人に見つけをしへられて、あわてふためき、ひろひすてたる。かたはらいたく、すゞろにをかし。
朝まだき霜よのなごり、いと寒むけくて、大かたかしらさしいづべくもあらぬに、さゝやかなるわらはべの、らうたげにうちしぼみて、けぶりの調度もちいでつゝかきはらひ、きたなき物きよむとて、氷うちたゝき水そゝぎ、かた手ふきふき石にすりて、がはがはといひたる音さへ、哀にきこゆ。
おほかた、此調度のもてなしにも、あるじの心のおしはからるゝなり。いつもちりばみけがれて、火いれのはひきたなげに、きせるあかつきとゞこほりがちなるは、にくゝさへぞある。きらゝかにみがきなして、きよげなるは、一きはのむ心ちもよし。かゝりとて、あまり心をいれて、ちりもゐさせじともてあがめたるも、是のみにや暮すらんと心づきなし。火のいくたびもきえたる、いとむづかし。はひふきこぼしたるあさましさは、えもいはず。
かくのみいみじくいひなすを、いみきらはむ人は、それしかあらじ。やうなき物なりと思ひすてなむもことわりかな。つくづくとたどりつゝ思へば、げにはかなくあだなる物にこそとも思ひかへさる。もろこしにても、とりどりにことわりてさだめかねたるとかや。いむことたゞしきほうしなんどの、ちかくさしよせだにせぬもいとたふとし。かくまでは思ひとけども、なほおきがたき物にや。あしたにおきたるにも、まして物くひたるにも、ぬるにも、大かたはなるゝ折こそなけれ。かうつねにけぢかくしたしき物は、なにかはある。さるをいみじき願たて、ものいみなんどして、七日もしは十日なんどたちゐたらんほどにぞ、つねはさしも思はぬ此君の、一日もなくてはえあらぬことをばしるらんかし。


おもひぐさ 終

 

   

 

〔頭注〕思ひ草は、秋の野の尾花がもとに生ふとかや。……万葉十、道のべの尾花がもとの
        思ひ草今さらさらに何かおもはん。古今、よみ人不知、秋ののの尾花にまじり
        さく花の色にや恋ん逢よしをなみ。此二字を混じて暗記して書たるなるべし。
    はるかなるせかいより、此国にめづらしき物ども、あまたわたしもてくる人を、
     まれまれ見るにはなほまさりて、あながちにこのめるさまなり。
……めづらか
        なるも品目、なれぬ人などまれまれ見るはめづらしきことわりは、さること
        なれど其まれまれみるよりは猶増りてあながちにといへるなるべし。
    をりをりにうちてたく火のけぶりあらばと、貫之のぬしのいひけむことのはなん
     ど思ひ出でられて
……貫之集云、もろきの少将のものへ行に火打の具して是にたき
        ものをくはへてやるによめる、をりをりに打てたく火のけぶりあらば心さすが
        にしのべとぞ思ふ。後撰、離別、貫之、みちのくへまかりける人に火打をつか
        はすとて書付侍りける歌は同し。
    いふかひなく、年まかりより侍りては、何事につけても、おのづから人に心をお
     かれ、さるからに
……屈折せずして我をはるをいふ。
    すめば年月をかさねてすむ物の……すめばとし月を すめばすみ馴て年月を重ねて住
        人はといふなるべし。
    金炉烟靄……四字如此続したる有やはしらねど唐人の詩に香の事を賦したるに此字しば
        しば見えたり。それに借て香炉は火取のことゝし、烟靄はたばこのけぶりの事
        をさしゝなるべし。
    あしたの霜のと打ちずんじ……君にけさあしたの霜のおきていなば恋しきことにきえ
        やわたらん。〔版本頭注〕あしたの霜のと「水くきの岡のやかたに妹とわれと
        寐ての朝げの霜のふりはも。」
    衣うちはおり、ひもさしなんどする程、女もなほあかぬさまにて、(中略)わり
     なき恋をするがなるふじの煙のくゆりわび、空にきえなむ思のほどをも、かゝ
     るたよりに人づてならで、さながらほのめかし出づるわざもありとかや。
……
        明呉興、沉穆石所著本草洞詮第九、煙艸一名相思艸言、人食之則時々思想不能
        離也
下略。明休寧、汪昂新増本艸備要又云、煙草中略人以代酒代茗終身不厭、
        故一名相思艸
下略。清西湖沉雲将、食物本艸会纂、普天之下人好飲煙者、不
        分貴賤不分男女、以代茗代酒刻不能少終身不厭、故一名相思艸
下略。清袁棟書
        隠叢説、又張楚胆錦囊秘録
ニモ皆此説セテイサヽカノアルノミ。」
    きえぬる、すてむとてさしよせたるに、人も同じさまにして、ほうと……ほうとゝ
        云形容の詞、外にいまだ見あたらず。されどこゝろみにいはんに、是ほとほと
        の音便にて間をく寄こしを云なるべし。ほとほとを又ほとんとゝも、ほとうと
        も云例なれば也。以上直麿が筆のすさび。

 


     
(注) 1. 上記の本居宣長「おもひぐさ」の本文は、『日本随筆大成』新装版〈第1期〉第12巻
          (吉川弘文館、平成5年11月1日新装版第1刷発行)に拠りました。    
          2. 平仮名の「く」を縦に伸ばした形の繰り返し符号は、元の文字を繰り返して表記して
          あります(「さらさら」「をさをさ」「まれまれ」「やうやう」「あはあは」「をりをり」「つくづく」
          など)。
          3. 初めの部分に、下線を施した文字がありますが、これは『日本随筆大成』の本文に
          は文字の左に圏点(。)がつけてあるものです。煙草に関する文字が掛けてあること
          を示したものです。
          4. 『日本随筆大成』新装版〈第1期〉第12巻の巻頭にある「解題」に、「本書は一名を
          「乎波那賀毛登
(をはながもと)」という。当時喫煙も一般に行われた烟草についての雅
          文随筆で、『枕草紙』などの流れを汲むもので、流石宣長の随筆だけに、其の能文
          を賞する事が出来る。著作年代は宝暦三年と云うから、宣長二十三歳、前年母勝子
          の意を体して医学修業の為に京都に遊学した事であった。この遊学によって、宣長
          は堀景山に就いて漢学を学ぶが、又一方和歌国文を好んで、冷泉為村、北村季吟
          等の門人である新玉津島神社の社祠森河章尹の門人ともなっている。本書のある
          所以である。後年石出大春の序を附して刊行せられた。(後略)」とあります。
(解題:
            丸山季夫氏)
  
          5. 本居宣長(もとおり・のりなが)=江戸中期の国学者。国学四大人の一人。号は
              鈴屋(すずのや)など。小津定利の子。伊勢松坂の人。京に上って医学修業の
              かたわら源氏物語などを研究。賀茂真淵に入門して古道研究を志し、三十
              余年を費やして大著「古事記伝」を完成。儒仏を排して古道に帰るべきを説
              き、また、「もののあはれ」の文学評論を展開、「てにをは」・活用などの研究
              において一時期を画した。著「源氏物語玉の小櫛」「古今集遠鏡」「てにをは
              紐鏡」「詞の玉緒」「石上私淑言
(いそのかみささめごと)」「直毘霊(なおびのみたま)
              「玉勝間」「うひ山ぶみ」「馭戎慨言
(ぎょじゅうがいげん)」「玉くしげ」など。(1730
                ─1801)                           
 (『広辞苑』第6版による。)
                 
引用者注:国学四大人(こくがく・したいじん)=荷田春満・賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤。
          6. 本居宣長記念館のホームページに、詳しい「本居宣長年譜」があります。
          7. フリー百科事典『ウィキペディア』に「本居宣長」の項目があります。
          8.思草(おもいぐさ・オモヒグサ)=1.(物思いするように見える草というところから)ナンバン
             ギセルの古名。
リンドウ・ツユクサ・オミナエシなどの古名ともいう。〈(季)秋〉。万10「道
             の辺の尾花が下の─」  2.タバコの異称。
 (『広辞苑』第6版による。)
        
          
                       


 
                                 トップページ(目次)   前の資料へ  次の資料へ