資料370 三浦梅園「学に志し芸に志す者の訓」(『梅園叢書』より)

  
   
 
    
 
      
學に志し藝に志す者の訓      三浦梅園
            

 

今の人、或は學に志し、あるひは藝にこゝろざすもの、一旦憤を起し、晝夜をわかたずつとめはげむといへども、已に一月を經半月をすぎ、怠る心はやく生じ、吾つとめの至らざるとはいはで、生質の過に諉す。馬ははやしとて朝暫はしりてやまんに、いかでか牛の終日ありかんに及べき。谷間の石の磨け、井榦(げた)のまるくなるも、豈一朝一夕の力ならんや。今日やまず明日やまず、今年止ず、明年やまず、然して後そのしるしあり。人一生の力をその道に用るさへ、尚その奥儀にいたるはやすからず。况我一月半月、乃至一年半年のつとめを以て、他人一生の功に比せんとす。思はざるの甚しきなり。むかし李白書を匡山によむ。漸倦て他行せし時、道にして老人の石にあてゝ斧をするにあふ。是をとへば針となすべきとてすりしと云けるに感じて、勤めて書をよみ、終にその名をなせり。小野道風は、本朝名譽の能書なり。わかゝりしとき手をまなべども、進ざることをいとひ、後園に躊躇けるに、蟇の泉水のほとりの枝垂たる柳にとびあがらんとしけれどもとゞかざりけるが、次第次第に高く飛で、後には終に柳の枝にうつりけり。道風是より藝のつとむるにある事をしり、學でやまず。其名今に高くなりぬ。



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   漢字や送り仮名・読点を多くして、漢字も常用漢字体に直して読みやすくした本文を、
  次に示してみます。(ただし、読みは自己流であって、正しい読みとはかぎりませんの
  で、ご注意ください。)


    学に志し芸に志す者の訓(をしへ)       三浦梅園

今の人、或は学に志し、あるひは芸にこころざす者、一旦憤りを起こし、昼夜をわかたずつとめ励むといへども、已(すで)に一月を経(へ)半月を過ぎ、怠る心はやく生じ、吾(わ)がつとめの至らざるとは言はで、生質の過(あやまち)に諉(まか)す。馬は速しとて朝暫(しばし)走りてやまんに、いかでか牛の終日歩(あり)かんに及ぶべき。谷間の石の磨け、井榦(ゐげた)のまるくなるも、豈(あ)に一朝一夕の力ならんや。今日やまず明日やまず、今年止まず、明年やまず、然(しか)して後その験(しるし)あり。人一生の力をその道に用ふるさへ、尚その奥儀に至るは易(やす)からず。况(いは)んや我が一月半月、乃至(ないし)一年半年のつとめを以て、他人一生の功に比せんとす。思はざるの甚しきなり。むかし李白、書を匡山(きやうざん)に読む。漸(やうやく)(う)みて他行せし時、道にして老人の石にあてて斧をするに会ふ。是(これ)を問へば、針となすべきとて磨(す)りしと云ひけるに感じて、勤めて書を読み、終にその名をなせり。小野道風は、本朝名誉の能書なり。若かりしとき手を学べども、進まざることを厭(いと)ひ、後園に躊躇(ためらひ)けるに、蟇(かへる)の泉水(せんすい)のほとりの枝垂れたる柳にとびあがらんとしけれども届かざりけるが、次第次第に高く飛んで、後には終(つひ)に柳の枝に移りけり。道風是(これ)より芸のつとむるにある事を知り、学んでやまず。其の名、今に高くなりぬ。

 
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『日本随筆大成』(新装版、第1期 12、吉川弘文館・昭和50年11月1日新版第1刷発行、
    平成5年11月1日新装版第1刷発行)所収の『梅園叢書』の本文を次に示しておきます。


    ○(がく)に志(こゝろざ)し芸(げい)に志す者(もの)の訓(おしえ)

(いま)の人、或(あるひ)は学(がく)に志(こゝろざ)し、あるひは芸(げい)にこゝろざすもの、一旦(いつたん)(いきどほり)を起(おこ)し、昼夜(ちうや)をわかたずつとめはげむといへども、已(すで)に一月(げつ)を経(へ)、半月(はんげつ)をすぎ、怠(おこた)る心はやく生(せう)じ、吾(わが)つとめの至(いたら)ざるとはいはで、生質(せいしつ)の過(あやまち)に諉(い)す。馬(うま)ははやしとて朝(あした)(しばらく)はしりてやまんにいかでか牛(うし)の終日(ひめもす)ありかんに及(およぶ)べき。谷間(たにま)の石(いし)の磨(みが)け、井榦(ゐげた)のまるくなるも、豈(あに)一朝(てう)一夕(せき)の力(ちから)ならんや。今日(こんにち)やまず明日(みやうにち)やまず、今年(こんねん)(やま)ず、明年(みやうねん)やまず、然(しかう)して後(のち)そのしるしあり。人一生(せう)の力(ちから)をその道(みち)に用(もちゆ)るさへ、尚(なほ)その奥儀(おうぎ)にいたるはやすからず。况(いわんや)(わが)一月(げつ)半月(はんげつ)、乃至(ないし)一年(ねん)半年(はんねん)のつとめを以(もつ)て、他人(たにん)一生(せう)の功(こう)に比(ひ)せんとす。思(おも)はざるの甚(はなはだし)きなり。むかし李白(りはく)(しよ)を匡山(けうざん)によむ。漸(やうやく)(うみ)て他行(たげう)せし時、道(みち)にして老人(らうじん)の石(いし)にあてゝ斧(おの)をするにあふ。是をとへば針(はり)となすべきとてすりしと云(いひ)けるに感(かん)じて、勤(つと)めて書(しよ)をよみ、終(つゐ)にその名(な)をなせり。小野道風(おのゝだうふう)は、本朝(ほんてう)名誉(めいよ)の能書(のうしよ)なり。わかゝりしとき手(て)をまなべども、進(すゝま)ざることをいとひ、後園(こうゑん)に躊躇(たちやすらひ)けるに、蟇(かへる)の泉水(せんすい)のほとりの枝垂(しだれ)たる柳(やなぎ)にとびあがらんとしけれどもとゞかざりけるが、次第(しだい)々々に高(たか)く飛(とん)で、後(のち)には終(つゐ)に柳(やなぎ)の枝(ゑだ)にうつりけり。道風(だうふう)(これ)より芸(げい)のつとむるにある事(こと)をしり、学(まなん)でやまず、其名(そのな)(いま)に高(たか)くなりぬ。
 

 

        

    
(注) 1.上記の三浦梅園「学に志し芸に志す者の訓」(『梅園叢書』より)の本文は、『国立国会図書
         館デジタルコレクション』に入っている『梅園全集 下巻』
(梅園会編纂、大正元年9月24日・東京:
        
弘道館発行)所収の「梅園叢書(巻之上)」に拠りました。
          『国立国会図書館デジタルコレクション』
『梅園全集 下巻』  → 「梅園叢書 巻之上」
                                                                 (
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         2. 本文中の「次第次第に」は、平仮名の「く」を縦に伸ばした形の繰り返し記号が用いてありま
         すが、ここでは漢字に直して表記しました。
         3. 文中の漢字の読みは、「井榦(げた)」以外は引用者がつけたもので、自信がありません。
         「暫(しばし)」「漸(やうやく)」「躊躇(ためらひ)ける」「蟇(かへる)」の読みは、あるいは「暫
         (しばらく)」「漸(やうやう)」「躊躇(さまよひ)ける」「蟇(ひき)」とでも読むのでしょうか。ご教
         示いただければ幸いです。(『日本随筆大成』では「躊躇」を「躊躇
(たちやすらひ)」と読んでいま
          した。
2011年5月6日
         4. 三浦梅園(みうら・ばいえん)=江戸中期の儒医。名は晋(すすむ)。字は安貞。豊後国東(くに
                       さき)
の人。天文・物理・医学・博物・政治・経済に通じ、条理学を首唱。著「玄語」
                       「贅語」「敢語」「価原」など。(1723-1789)     (『広辞苑』第6版による。)
               
梅園叢書(ばいえんそうしょ)=江戸中期の随筆。3巻。三浦梅園著。寛延3年(1750)成
                 立。安政2年(1855)刊。儒教的な立場から古今の話題をとりあげ、著者の所
                 感・論評を平易に述べたもの。              
 (『デジタル大辞泉』による。)
               
小野道風 (おの・の・とうふう)=(名は正しくはミチカゼとよむ)平安中期の書家。篁(たか
                 むら)の孫。醍醐・朱雀・村上の三朝に歴任。若くして書に秀で、和様の基礎を
                 築く。藤原佐理
(すけまさ)・藤原行成(ゆきなり)とともに三蹟と称される。真蹟として
                 「屏風土代」「玉泉帖」などがあるが、信ずべき仮名の作品は未発見。(894-
                 966)                             
 (『広辞苑』第6版による。)
         5. 愛知県春日井市のホームページに、「春日井市道風記念館」の案内があります。


 
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