資料354 「ピラカンサ」の名前について(「ピラカンサス」とは)




            
         「ピラカンサ」の名前について(Pyracantha)
          
 ~「ピラカンサス」とは~

 「ピラカンサ」という植物が「ピラカンサス」とも言われることがあることについて、少し調べてみました。お気づきの点を教えていただければ幸いです。 

  私たちが普通に「ピラカンサ」と呼んでいる植物があります。これを「ピラカンサス」と言う人もいます。この「ス」とは何であろうか、という疑問がありました。
 植物辞典で「ピラカンサ」の項を見ても、「ピラカンサス」ともいう、と書いてある事典があるだけで、なぜ「ピラカンサス」と言うのかは、書いてないものが殆んどです。
 手元の国語辞典『広辞苑』(第6版)をひいてみると、「ピラカンサ」の項はありますが、「ピラカンサス」のことには触れてありません。
    ピラカンサPyracantha ラテン〕トキワサンザシ。また、広義にはトキワサンザシ属植物(その学名)で、アジア・ヨーロッパに数種が分布。赤・黄などの果実が美しい。(『広辞苑』第6版、2401頁)

 少し古い本ですが、平凡社の『国民百科事典 11 』(1978年初版)をひいてみると、「ピラカンタ」として出ていて、タチバナモドキともいい、近縁にトキワサンザシがある、と書いてありますが、「ピラカンサ」や「ピラカンサス」のことには触れてありません。

    ピラカンタ 中国原産のバラ科の常緑低木。タチバナモドキともいい、生垣に植えられたり、切花にされる。(中略)近縁のトキワサンザシは南ヨーロッパ~西アジア原産で、……(以下略)。(『国民百科事典 11』462頁)

 ここで注意されることは、『広辞苑』でトキワサンザシといっているのに、『国民百科事典』ではタチバナモドキといっていることです。「ピラカンサ(ピラカンタ)」といったときに、トキワサンザシ属の何を挙げるかが人によって異なる、ということでしょうか。

 近くの図書館で、平凡社の『世界大百科事典 24』(1988年初版、2006年改訂版)を見てみますと、
  ピラカンサ fire thorn : Pyracantha
          材の硬いバラ科の常緑低木。トキワサンザシ属 Pyracantha はヨーロッパ東南部からアジアにかけて数種ある。(中略)日本にはほとんどの種が導入されているが、多く栽植されるものに次のような種がある。
として、タチバナモドキ、トキワサンザシ、カザンデマリを挙げて解説してあります。

 また、小学館の『日本国語大辞典 17』(昭和50年第1刷)には、
  ピラカンサ 〔名〕(ラテン pyracantha)バラ科トキワサンザシ属植物の総称。南ヨーロッパ、ヒマラヤから中国中部にかけて数種が知られている。(以下、略)
とあります。

 船橋市公園協会のホームページにある『樹木図鑑』にも、「正確にはトキワサンザシやタチバナモドキなどを含む属の総称であるが、前者をピラカンサと呼ぶのが一般的」とあります。( 船橋市公園協会 『樹木図鑑』ピラカンサ )

 一方、小学館の『日本大百科全書 19 』(1988年初版第1刷発行、1990年初版第5刷発行)には、 
  ピラカンサ〔学〕Pyracantha  バラ科タチバナモドキ属の総称。ヨーロッパ南東部からヒマラヤ、中国西南部に6種分布する。日本ではタチバナモドキ、トキワサンザシ、カザンデマリがよく栽培され、これらを含めて一般にピラカンサの名でよんでいる。(以下、略)
とあります。

 ここでは、トキワサンザシ属ではなく、タチバナモドキ属となっていることが注目されます。ピラカンサは、トキワサンザシ属なのでしょうか、タチバナモドキ属なのでしょうか。
 そしてこの本も、ピラカンサスという名には触れてありません。

 もう少し本格的な『園芸植物大事典 4』(小学館 1989年初版)をひいてみると、見出しが『国民百科事典 11 』と同じく「ピラカンタ」となっていて、
 「日本では本属(引用者注:トキワサンザシ属)のいくつかの種(しゅ)を総称して「ピラカンサ」とよんでいる」
としてあります。そして、
 「日本で栽培の多いのはヒマラヤトキワサンザシ、トキワサンザシ、タチバナモドキの3種であるが、最近は種間交雑により改良された園芸品種が導入され利用されるようになってきている」
とあります。ここは「トキワサンザシ属」となっていますが、ここでも「ピラカンサス」のことには触れてありません。

 参考までに、『園芸植物大事典 4』から、ピラカンタの解説の一部を引用させていただきますと、
 
  Pyracantha(ピラカンタ)(和)トキワサンザシ属 /(英)fire thorn /(独)Feuerdorm /(仏)buisson ardent /(中)火棘属 属名は、ギリシア語 pyr(火の意)と akantha (刺(とげ)の意)に由来し、果実の色と刺(とげ)にちなむ。

 ところで、「学名 Pyracantha 属」の Pyracantha を「ピラカンタ」と読むのは、ラテン語としての読みでしょうか。これを英語読みにすると、「パイラカンサ」もしくは「ピラカンサ」となるようです。小さな英和辞典には「パイラカンサ」の読みしか出ていませんが、少し大きな辞典を見てみると、「パイラカンサ」「ピラカンサ」両方の読みが出ています(例えば、『プログレッシブ英和中辞典』:[pàiərəkǽnθə, pìr-] )。
 つまり、 Pyracantha を「ピラカンタ」と読むのはラテン語読みであり、「ピラカンサ」と読んでいるのはそれを英語読みにしたもの、と考えられます。

 ですから、ラテン語の学名を大事にして「ピラカンタ」とする人がおり、一方これを英語読みにして「ピラカンサ」とする人がいる、ということなのでしょう。しかし、現在、日本でこの植物を「ピラカンタ」と呼んでいる人は、殆んどいないと思います。大抵の人は「ピラカンサ」又は「ピラカンサス」と呼んでいます。

 さて、以上見てきたところから考えると、
 ── Pyracantha 属の植物には数種あり、日本では、それらの植物が全体として「ピラカンサ」と呼ばれる。つまり、「ピラカンサは、トキワサンザシ属の植物(または、「タチバナモドキ属の植物」)の総称」である。そして、この「ピラカンサ」という言葉は、属の全体を指すときだけではなく、個々の単体を指して呼ぶときにも用いられる。── ということになるでしょう。

 しかし、「ピラカンサ」をなぜ「ピラカンサス」と呼ぶのか、については、依然としてはっきりしません。そこで、植物園に電話して聞いてみることにしました。植物園で教えていただいたことを主として、辞典類も参考に、私がまとめてみたものが、次のものです。

        * * * * *
 
 ☆「ピラカンサ」を「ピラカンサス」と呼ぶことがあるのは、なぜか。
 
 Pyracantha( ピラカンサ)のことを「ピラカンサス」と呼ぶことがあるのは、ピラカンサ属にはいくつかの種(しゅ)があるので、そのいくつかの種を総称して「ピラカンサス」と言ったもので、この「ス」は英語の複数を表す「ス(s)」だと考えられます。つまり、単体を言うときは「ピラカンサ」、いくつかの仲間を指して言う場合に「ピラカンサス」と言ったものと考えられます。

 ピラカンサの学名は Pyracantha で、本来はラテン語読みで「ピラカンタ」と読みますが、これを英語読みにすると「パイラカンサ」又は「ピラカンサ」となります。日本ではこの「ピラカンサ」をとって、この植物の通称とした、と思われます。
 そして英語で、このピラカンサ(Pyracantha)の仲間を総称して、複数形で pyracanthas と言ったものを、日本で「ピラカンサズ」とは読まずに「ピラカンサス」と読み、それを複数の種を指して言う場合のみならず、単体の植物を指す場合にも用いたものか、と考えられます。

 結論:「ピラカンサス」の「ス」は、複数を意味するsだと考えられます。単数・複数を特に区別しない日本語では、ピラカンサ属の複数の種を指して「ピラカンサ」と言うことは別に不自然なことではなく、一つひとつの種を指して「ピラカンサ」と言い、複数の種を指して同じく「ピラカンサ」と言うことも、一向に差し支えないと思われます。従って、特に「ピラカンサス」という複数を表す言葉をわざわざ使う必要はない、と考えられます。

(Pyracantha は属名であり、Pyracantha という形で複数の種を表すのですから、わざわざpyracanthas と複数形で言う必要はない、と考えられるのですが、英語ではPyracantha 属のいくつかの種の植物を表現するときに、「複数の種を表す」ということにこだわってpyracanthas という言い方をしたものでしょうか。)

 もし「ピラカンサス」という言葉をどうしても使いたい、というのであれば、トキワサンザシ属(または、「タチバナモドキ属」)の植物(つまり、「ピラカンサ属の植物」)を総称して言う場合に限って用い、単体の植物を指して言うときは「ピラカンサ」と言うようにする、としたほうが適切なのではないか、と思います。

  単体の植物を指して「ピラカンサ」と言ったのでは、個々の植物が区別できない、というのならば、和名で「トキワサンザシ」とか「タチバナモドキ」などと言えばよいでしょうし、場合によっては“Pyracantha coccinea”とか“Pyracantha angustifolia”などと学名でローマ字表記をしてもいいでしょうし、またそれを、「ピラカンサ・コッキネア」「ピラカンサ・アングスティフォリア」などと片仮名で表記してもいいでしょう。

         * * * * *     

 というわけで、私は、特に「ピラカンサス」という言葉を用いる必要はない、と考えるものです。私たちは、“ We have two pianos in our school.”を、「私たちの学校には2台のピアノズがあります」とは言わないのですから。(2011年1月16日)

補記:
 ある方から、ピラカンサスの「ス」は、アガパンサス、アカンサス、ダイアンサスなどという花の名前のアンサス(花)に引きずられた言い方なのではないでしょうか、というご意見をいただきました。
 確かに、アガパンサス、アカンサス、ダイアンサスという名前の「カンサス」「ンサス」という言い方につられて、「ピラカンサス」という言い方がされるようになったということも、一つの理由として考えられるかもしれません。

ということで、ここにそのことを補っておきます。
 教えてくださった方に、ここに記して厚く御礼申し上げます。
                 (2017年11月5日)
 
 以上の記述について、ぜひご教示・ご意見をいただきたいものです。よろしくお願いします。

 ここで、新たな疑問として、ピラカンサ属は、和名として「トキワサンザシ属」なのか、「タチバナモドキ属」なのか、ということが出てきてしまいました。このことについては、もう少し調べてみなくてはなりません。(2011年1月4日)


  (注) 1.  つくば市にある国立科学博物館筑波実験植物園にお電話して、いろいろ教えていただきました。ありがとうございました。
 ここには、教えていただいたことをもとにして、植物辞典、英和辞典等をも参照して、小生がまとめたものを記載しました。従って、文責は小生にあります。
 この記述について、お気づきの点を教えていただけるとありがたいです。よろしくお願 いします。(2010年12月24日)
   
    2.   次に、 『岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科』(岡山理科大学 総合情報学部 生物地球システム学科(旧植物生態研究室(波田研))のホームページから、タチバナモドキ、トキワサンザシ、ヒマラヤトキワサンザシなどの解説・画像のページにリンクを貼らせていただきます。                   
  → タチバナモドキ (ピラカンサ)
  → トキワサンザシ
  → ヒマラヤトキワサンザシ
  → トキワサンザシ属 Pyracantha
   
    3.  ピラカンサの植物学上の分類としては、

 被子植物門 双子葉植物鋼 バラ目 バラ科 ナシ亜科 トキワサンザシ属
      
となっています。属名としては、「トキワサンザシ属」の代わりに、トキワサンザシ属の学名 Pyracantha をとって、そのまま「ピラカンサ属」と言う場合もあります。 (フリー百科事典『ウィキペディア』による。) 
 フリー百科事典『ウィキペディア』
  →  トキワサンザシ属

 また、和名の属名を「トキワサンザシ属」ではなく、「タチバナモドキ属」とする事典(例えば、小学館『日本大百科全書』)もあります。
   
           
           
           








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