春
一 来れや友よ うちつれて 愉快に今日は 散歩せん 日は暖かく 雲晴れて 景色勝れて よき野辺に
二 空気の清き 野に出でて 唱歌歌はん もろともに 急げ 花ある処まで 急げ 草摘む処まで
三 見返るあとに 霞みつつ 立てるは 村の松の影 吾(われ)行く先に 心地よく 躍るは 川の水の声
四 蹈(ふ)めば 音ある板橋を 渡る袂に 吹き来るは もつれし土手の 糸柳 解きしあまりの 春の風
五 黄なる菜のはな 青き麦 錦と見ゆる 野の面(おも)の ここやかしこに 降り昇る 雲雀の歌の おもしろさ
六 長き日暮し 舞ひ狂ふ てふてふは 羽も疲るらん 暫しは休め ここに来て 吾等も休む 芝原に
七 やさしき花の 菫(すみれ)ぐさ うしろに五つ 前に三(み)つ 先なる友は 残したり あとなる友よ 蹈み折るな
八 うす紅に 立つ雲と 見えたる岡の さくら花 莟(つぼみ)もあらず 散りもせぬ 盛(さかり)に逢へる うれしさよ
九 やよや 梢の鶯も 歌へや われらに声そへて 春の日影は なほ高し われらの歌は まだ尽きず
一〇 手帳 鉛筆 取り出だし ここの景色も 写しみん 向うの畑を 打つ人の 笠は 手本の中にあり
一一 宮のうしろの 山高く 登れば 谷の岩蔭に 蕨(わらび)取る子も 見ゆるなり つつじ折る子も 見ゆるなり
一二 あの藤ほしや いかにせん 仰げば 岸はいと高し 招くに似たる 紫の 房は 松より曲りたり
一三 水を離れて 一二寸 出でたる小田の 苗代は はや青々と なりにけり 田植はいつぞ 六月か
一四 名残は あとに残れども またこの次の 日曜を 約していざや 別れまし さらば 胡蝶よ 春風よ
一五 愉快に 今日は遊びたり 明日は 学科を怠るな 身を健康に なす事も 国に報いん ためなるぞ 夏
一 涼しき流れ 清き風 夏こそ 野べに来(きた)りたれ 散歩の時は 今なるぞ 過ごすな あだに休み日(び)を 二 日は暑からず 寒からず 雲なき空の 心地よや 若葉の中に 咲き残る 躑躅(つつじ)たづねん もろともに
三 道の傍(かた)へに 池ありて 緋鯉の遊ぶは 誰(た)が宿ぞ むらさき匂ふ 杜若(かきつばた) 花は 燕の飛ぶに似て
四 水のあなたに 曝(さら)したる 布の岸打つ 白波(しろきなみ) 近より見れば 卯の花の さかりは今ぞ 面白や
五 雲雀の歌の 聞ゆるは 村のうしろの 麦畑 茶摘にゆきて 帰り来る 少女(をとめ)の声は 木蔭より
六 麦笛吹きて 遊ぶ子よ いちごのあるは どの山ぞ 茂る夏草 ふみわけて 滝ある谷の しるべせよ
七 撫子(なでしこ)つくる 垣ねには おるや 赤地の唐錦(からにしき) 牡丹のあとに 咲きつづく 芥子(けし)も美し 百合もよし
八 田植近づく 田の水に 呼べば答へて なく蛙(かはづ) 思はぬ方に 声するは 水鶏(くひな)と 友は教へたり
九 握飯(むすび)は 腰にたづさへつ 草鞋は 足に履きしめつ 千里の道も 物ならず 暮れなば暮れよ いざ歌へ
一〇 歌声嗄(か)れぬ 谷の水 遊び疲れぬ 森の鳥 皆わが友よ 夕月の 影見るまでは いざ歌へ
秋
一 秋空晴れて 日は高し 今こそ 吾等が散歩時 薄(すすき)は 野辺に招くなり 小鳥は 森に呼ばふなり
二 呼ばふ小鳥は 何々ぞ 雀 山雀(やまがら) もず うづら 別れし春の 雁がねは 竿になりてぞ 飛び渡る
三 招く薄に 咲きまじる 花は糸萩 女郎花(をみなへし) かしこもここも 七草の 盛り美し 見に行かん
四 飛び立つ蝗(いなご) 追ひかけて 稲の中ゆく 畔(あぜ)の道 ゆくさき問へど 答へぬは 笠着て立てる 案山子なり
五 鳴子(なるこ)の音に 驚きて 空にむれ立つ むら雀 見る見る渡る 石橋の 上はあぶなし 心せよ
六 羽を拡ぐる 螢かと 見ゆるは 土手の螢草 休みて またも飛んで行く とんぼの羽に 風涼し
七 休みて行かん いざ友よ 腰懸岩も ここにあり 帽子にかざす 花の香を 追ひくる蝶も 二つ三つ
八 むかうの山に 聞ゆるは 草刈る人の 歌の声 われも歌はん 声高く 日頃習ひし 唱歌をば
九 山に登れば 海広く 見えて白帆は 並びたり 霞も霧も 隔てなき 今日の日和の 晴れやかさ
一〇 わが故郷の 城山に 父と登りて 眺めたる 入江の波の 夕げしき 忘れぬ影は 今もなほ
一一 双眼鏡を 手に取れば 蟻かと見ゆる 人までも 物言ひかはす 心地して わが目の前に 立てるなり
一二 紅葉はいづこ 夜ならば 鈴虫聞きに 籠さげて 来る人多き 野辺なるを 昼は 萱(かや)ふく風ばかり
一三 道の右より 左より 茂る枝葉の トンネルを 潜る向かうに 青々と 見ゆるも嬉し 空の色
一四 猟銃さげて 犬連れて 山に猟せん 時は今 牧に馬あり 乗るもよし 水に舟あり 漕ぐもよし
一五 川辺に 野辺に 山道に 散歩の庭は 果ぞなき 体を 強く養ひて つとめよ 学(まなび)の教へ草(ぐさ)
冬
一 小春の朝の 空晴れて 散歩に出づる 楽しさよ 日は暖かに 照しつつ 残れる菊の 香も高し
二 草葉に 白く置きそめし 霜は 消えたる跡の道 秋のかたみの 紅葉ばも 濡れて三つ四つ こぼれたり
三 折れんと思ふ 山茶花の 盛り いつしか過ぎたれど 水には浮ぶ 鴛鴦(をしどり)の 翼美(うるは)し 花よりも
四 鈴かと見えて 遠くまで 光る梢の 果物は 柿か 蜜柑か 橙(だいだい)か 霜にも枯れぬ 雄々しさよ
五 すみれを摘みて 休みたる 岡べはここか 冬見れば 草の緑も 紫も あとなく枯れて 風寒し
六 ひとりわれらを 励ますは 枯野の松の ふか緑 千辛万苦の 後(のち)にこそ 誉れも 世には知られけれ
七 嬉しや ここの立石(たていし)は 左へゆけと 示したり 迷はぬ道の 一筋に 急げや 友の棲家(すみか)まで
八 遠き山々 雪見えて 冬の景色を 添へにけり 散歩の道を 白妙に 埋むるは いつの朝なるぞ
九 雪降りつまば 源平に 分れて 君と戦はん 我等が腕を 習志野の 原とはここか 面白や
一〇 六日の学科 怠らず 勉めて遊ぶ 楽しさを 知るか 小川の水までも われを迎へて 歌ふなり。
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