有大人先生以天地爲一朝萬期爲須臾日月爲扃牖八荒爲庭衢行無轍迹居無室廬幕天席地縱意所如止則操巵執觚動則挈榼提壺唯酒是務焉知其餘有貴介公子縉紳處士聞吾風聲議其所以乃奮袂攘襟怒目切齒陳説禮法是非鋒起先生於是方捧甖承槽銜杯漱醪奮髯踑踞枕麴藉糟無思無慮其樂陶陶兀然而醉豁爾而醒靜聽不聞雷霆之聲熟視不覩泰山之形不覺寒暑之切肌利欲之感情俯觀萬物擾擾焉如江漢之載浮萍二豪侍側焉如蜾蠃之與螟蛉 |
(注) | 1. | 上記の劉伶の「酒徳頌」の本文は、新釈漢文大系『文選(文章篇)中』(竹田晃著、明治書院・平成10年7月30日初版発行)掲載のものによりました。ただし、本文に施してある句読点・返り点は、これを省略しました。 | |||
2. | この「酒德頌」は、『古文真宝』にも収められています。(字句に一部異同があります。注5参照) | ||||
3. |
〇劉伶(りゅう・れい)=西晋の思想家。江蘇沛の人。字は伯倫。竹林の七賢人の一人。志気曠達、酒を好み、「酒徳頌」を作る。建威参軍となり、献策して無為に化すべきことを説いたが、無用の策として斥けられた。 (『広辞苑』第6版による。) この劉伶は、私たちには、徳川光圀の「梅里先生の碑陰」に出てくる「嗚呼骨肉委天命所終之處水則施魚鼈山則飽禽獸何用劉伶之鍤乎哉」(嗚呼(ああ)、骨肉は天命の終る所の処に委(まか)せ、水には則ち魚鼈(ぎょべつ)に施し、山には則ち禽獣に飽かしめん。何ぞ劉伶(りゅうれい)の鍤(すき)を用ひんや。)という文章でおなじみの人です。これは、劉伶が常に酒壺を携え、僕(しもべ)に鋤(すき)を担わせて従え、「私が死んだら、死んだところに私を埋めよ」と言っていた、ということから来ている話です。 |
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4. |
〇竹林七賢(ちくりんのしちけん)=中国の魏・晋の交替期に、世塵を避けて竹林に会し清談を事としたといわれる七人の文人、阮籍げんせき・嵆康けいこう・山濤さんとう・向秀しょうしゅう・劉伶りゅうれい・阮咸げんかん・王戎おうじゅうの称。 〇清談(せいだん)=(1)魏晋時代に盛行した談論。後漢の党錮とうこの禍に高節の士が多く横死して以来、知識人らが儒学の礼教に反し、老荘の空理を談じ、琴を弾じ酒に耽り、放逸を事とした風俗を指す。竹林の七賢はその代表。(2)浮世を離れ、名利を超越した、高尚な談話。袋草紙「中院右府入道許に参り、─ の次で」 (以上、『広辞苑』第6版による。) |
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5. |
新釈漢文大系『古文真宝(後集)』 (星川清孝著、明治書院・昭和38年7月20日初版発行、昭和46年5月10日14版発行)所収の「酒德頌」によって、『文選』との本文の異同を見ておきます。 『文選』 『古文真宝(後集)』 轍跡………………… 轍迹 縉紳處士…………… 搢紳處士(搢=手偏+晉) 攘襟………………… 攘衿 銜杯………………… 銜盃 豁爾………………… 恍爾 利欲………………… 嗜慾 如江漢之載浮萍……如江漢之浮萍 |
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6. |
新釈漢文大系『古文真宝(後集)』の語釈に、次のようにあります。 〇恍爾……『文選』には「豁爾」に作り、また「怳爾」に作る。 〇浮萍……『文選』に「載浮萍」、一に「載萍」に作る。 |
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7. |
ここに掲げた『文選』の本文ではなく、『古文真宝』の本文ですが、『国立国会図書館デジタルコレクション』に出ている本から、「酒徳頌」の部分を挙げておきます。 『国立国会図書館デジタルコレクション』 →『古文眞寶後集詳解』吉波彦作著、昭和3年3月18日・大同館書店発行 → 四九 酒徳頌 劉伶 176~178/276 |
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8. |
幾つかの本の書き下し文を参考に、「酒徳頌」の書き下し文を書いてみます。(語句の注がないと意味が取りづらく、書き下し文もあまり参考になりませんが、ここでは省略させていただきます。) 大人先生(たいじんせんせい)といふもの有り。天地を以て一朝と爲(な)し、萬期を須臾(しゆゆ)と爲し、日月を扃牖(けいいう)と爲し、八荒(はちくわう)を庭衢(ていく)と爲す。行くに轍迹(てつせき)無く、居(を)るに室廬(しつろ)無し。天を幕とし地を席とし、意の如(ゆ)く所を縱(ほしいまま)にす。止(とど)まれば則ち巵(し)を操(と)り觚(こ)を執(と)る。動けば則ち榼(かふ)を挈(さ)げ壺(こ)を提(さ)げ、唯だ酒をのみ是(こ)れ務(つと)む。焉(いづ)くんぞ其の餘(よ)を知らんや。貴介公子(きかいこうし)、縉紳處士(しんしんしよし)有り。吾が風聲(ふうせい)を聞き、其の所以(ゆゑん)を議すれば、乃(すなは)ち袂(たもと)を奮ひ襟(えり)を攘(はら)ひ、目を怒(いか)らせ齒を切(せつ)し、禮法を陳説(ちんせつ)し、是非(ぜひ)鋒起(ほうき)す。先生、是(ここ)に於(おい)て方(まさ)に甖(かめ)を捧(ささ)げ槽(をけ)を承(う)け、杯(はい)を銜(ふく)み醪(らう)を漱(すす)り、髯(ひげ)を奮(ふる)ひ踑踞(ききよ)し、麴(かうぢ)を枕とし糟(かす)を藉(しとね)とし、思(し)無く慮(りよ)無く、其の樂しみや陶陶(たうたう)たり。兀然(こつぜん)として醉(ゑ)ひ、豁爾(くわつじ)として醒(さ)む。靜かに聽けども雷霆(らいてい)の聲を聞かず。熟視するも泰山の形を覩(み)ず。寒暑の肌に切(せつ)に、利欲の情(じやう)に感ずるを覺えず。俯(ふ)して萬物の擾擾(ぜうぜう)たるを觀ること、江漢(かうかん)の浮萍(ふひやう)を載(の)するが如く、二豪(にがう)の側(かたはら)に侍(はべ)るは、蜾蠃(くわら)と螟蛉(めいれい)との如し。 |