資料209 老子「小国寡民」



       小国寡民     老子


小國寡民使有什伯人之器而不用使民重死而不遠徙雖有舟轝無所乘之雖有甲兵無所陳之使民復結繩而用之甘其食美其服安其居樂其俗鄰國相望雞狗之聲相聞民至老死不相往來文



  (注) 1. この老子「小国寡民」の本文は、新釈漢文大系7『老子 荘子上』(明治書院、昭和41年11月5日初版発行、昭和46年11月12日12版発行)によりました。    
    2.  『老子』の担当は、阿部吉雄・山本敏夫の両氏です。    
    3. 本文(獨立第八十)に施してあった句読点・返り点は省略しました。    
    4. 底本は、四部叢刊所収の宋版河上公本を用い、武内義雄博士の校定された河上公本(岩波文庫)と、馬叙倫の老子覈古によって、王弼本・傅奕本を参考にし、底本の一部を改めた、と例言にあります。    
    5.  「余説」に、<「使民有什伯人之器而不用」の「人」の字は、王弼本・傅奕本ともになく、河上公本も敦煌出土の古写本にはない。(中略)今はしばらく使用テキストにあるままで訳して置こう>として、「たとい他に十倍・百倍する器量の人がいても、その才能を用いさせない」と訳しておられます。(詳しくは、同書129頁を参照のこと。)    
    6.  「語釈」に、「老死」の「死」は使用テキストにはなかったが、他の諸本は殆んど皆これがあり、またこの字がある方が意味の上でもよく通るので補った、とあります。         
    7. 〇老子(ろうし)=中国、春秋戦国時代にいたとされる思想家。道家の祖。史記によれば、姓は李、名は耳、字は耼たんまたは伯陽。楚の苦県こけん厲郷れいきょう曲仁里(河南省)の人。周の守蔵室(図書室)の書記官。乱世を逃れて関(函谷関または散関)に至った時、関守の尹喜いんきが道を求めたので、『老子』を説いたという。   →太上老君 
〇太上老君(たいじょうろうくん)=(太上は最もすぐれたものの意。老君は老子の敬称)老子を神格化して呼ぶ称。道教の三尊の一つ。「魏書」釈老志などに見える。
〇『老子』=老子の著書。2巻。宇宙の本体を大または道といい、現象界のものは相対的で、道は絶対的であるとし、清静・恬淡てんたん・無為・自然に帰すれば乱離なしと説く。編纂は孟子以後と考えられ、前漢初には現行本に近いものが成立していた。老子道徳経。
                      (以上、『広辞苑』第6版による)
   
    8.  『諸子百家 中國哲學書電子化計劃』というサイトに、「道德經(老子)」の「小國寡民」が出ています。
 『諸子百家 中國哲學書電子化計劃』 
   → 「道德經(老子)」「小國寡民」
   






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